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ヤミ市のお勉強

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『ヤミ市幻のガイドブック』 松平誠  (ちくま新書 1995年)

昭和の戦前~戦中~戦後あたりをえがいた随筆を読んだり映画を観たりしていると、ヤミ市や、そこから流れてきた品々のことがどうしたって目に付く。

「戦後のドサクサ」の一言で片付けられることが多い数年間。こちらも「ああ、ドサクサねえ」と納得したつもりになってたけど、「ドサクサ」って一体どういうことだったんだ? 焼け跡に禁制の品々を並べて売り、そこでは何でも揃ったとか、メチルが入った密造酒を呑んで失明したとか、エピソードとして知っているのは幾つもあるけど、実際いつ頃からいつ頃まで、どういった人たちが、どんな町で、どういう商いをしていたのか。

この本はそんな疑問にこたえてくれる、まさにヤミ市のガイドブック。

戦災で道路網が壊滅的な状況のなか、新宿、渋谷、新橋、池袋、上野といった鉄道のターミナル駅のすぐ近くの焼け跡に興ったヤミ市。地面を荒縄で区分けしただけの青空市場にはじまり、ヨシズ張りになったり、屋台が入ったり、カウンターができたり、ベニヤの壁や屋根もできて。復員や引き揚げ者たちによる素人市場から、ほどなく手に職をもった人たちの店が並ぶマーケットへ。そしてそれらを仕切る「組(組織)」。主に渡世人(ヤ○ザ)ではなく香具師たちによる組織だった。警察による取締りや在日の他国人との抗争もありつつ、やがて生活物資も一般市民に届くようになり、「ヤミ」市としての役割は終えてゆく。

聞き取り調査や文献研究によって、その成り立ちや賑わいぶり、扱っていた商品や値段などもかなり微細に記されている。米軍施設から出た残飯を煮込んだもの(洋風味付は「シチュー」、和風味付は「雑炊」)とか、おから寿し(おからのシャリに鯨ベーコンがネタ)なんてのが飛ぶように売れたらしい。煮込みのような混沌としたエネルギーが渦巻く、食料、衣料、日用品プラス「呑む」(カストリにバクダン)「打つ」(パチンコ)「買う」(・・・)のヤミ市。

小沢昭一が少年から青年へと育つ時に過ごした池袋。武田百合子が重い荷物を背負って売り歩いたヤミ物資。種村季弘が酒場で飲んだ「カルバドス」(薬用アルコールにサッカリンと花ガツオの煮汁をぶち込んで作ったものらしい)。内田百間が獲得をめぐって一喜一憂したヤミのお酒やビール。

この本のおかげで、今まで読んだ色んなエピソードの印象がより鮮やかなものとなる。
もちろん想像の範囲を超えることはないのだけれども。

あらためて驚くのは、僕が生まれるたった20年ほど前の話ということだ。
20年なんてあっという間。もうその倍以上生きてしまったよ。

昭和レトロとかノスタルジーとかの「三丁目の夕日」的なイメージではなくて、自分にとっては未知で刺激的な時代。未知というのは自分の不勉強にも原因があるし、刺激的という言葉も適切ではないかもしれない。でも、オリンピックが終わった後に生まれ、もう過去はいいじゃない、と浮かれたような時代に育ったことが今になって何か引っかかってるような。何かはわからないけど、昭和ひとケタから20年代おわり位までの雰囲気に触れたくて、どんな時代だったか知りたくて、そんな随筆ばかり読んでいる。

その副読本として、このヤミ市ガイドはとってもためになる。
by hey_leroy | 2012-03-02 23:26 | books

たゆむあした、ゆるむゆうべ。カマクラ発、ユルマッタリな日々。読み返されない備忘録。


by hey_leroy