川本三郎さんの新しい2冊

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昨年の12月に出ていた川本三郎さんの新刊2冊。
図書館から借りてきて読む。
たまに新刊本を借りると、次の予約者がいることが気になって落ち着かない。
ふだん、よほど借り手が少ない本を読んでいるんだなぁと思う。
あ、でも、今予約しているのは、小泉今日子が書いた書評集。
なんと50数人待ち。急いでないので、忘れたころに読めればいいや。


『東京抒情』  川本三郎  (春秋社 2015年)

2006年から2015年のあいだに、様々な媒体に発表された、東京に関する文章をまとめたもの。「ノスタルジー都市 東京」、「残影をさがして」、「文学、映画、ここにあり」の3章からなる。

肩ひじ張っていない東京論。過去の小説やルポルタージュ、映画などをひもとき、自分の足で歩き、みずからの思い出もまじえて、平易だけれど深みのある文章で東京を語る。

関東大震災と空襲、そしてオリンピックとバブル。東京は常に変わり続けている。
現在でも、そこかしこで大規模な工事がおこなわれている。
東京は、つねに「普請中」だ。

「年号の表記は、この年(東京オリンピックがあった昭和39年)までは元号のほうが合っている。以降は西暦のほうが分かりやすい。」

ふむふむ、とうなずく。

新しい東京、なつかしい東京。両方の側面が登場する。
どちらかとうとノスタルジックな趣がつよい。
敬愛する永井荷風の足跡をたどって荒川放水路あたりを歩いたり。
銀座を囲んでいた掘割や、隅田川といった「水の東京」をおもったり。

「単なるノスタルジーでなく」という紋切型の言い方があるように、成長型の社会ではノスタルジーはつねに評判が悪い。それでも、あの時期、ノスタルジーを大事にすることは東京を破壊する乱暴な力への「東京人」(雑誌名)ならではの抵抗だった。

あの時期、というのは1980年代。バブル真っ只中のころ。雑誌「東京人」は発刊された。今でもつづいていて、川本さんも毎号連載記事を書いている。

自分がまた生まれ変わるとしたら、それが東京だとしたら、いつごろがいいかなぁなどと夢想する。
昭和ヒトケタかなぁ。大正も独特の文化があるし、文明開花後の明治も・・・。
それぞれ、現代とくらべれば大変な側面があることも忘れて。
なにに重きを置くかで、その時代の社会や生活の印象も、がらりと変わるものなのだ。
豊かさ、便利さ、家族のありよう。
物差しは、ひとそれぞれだ。



『ひとり居の記』  川本三郎  (平凡社 2015年)

もう一冊のこちらは、月刊誌「東京人」の連載「東京つれづれ日記」の
2012年12月号~2015年7月号掲載分をまとめたもの。
単行本としては2013年の「そして、人生はつづく」の続編となる。
旅に出て、町や自然を歩き、本や漫画を読み、新旧の映画や芝居を見る日々。
クラシックのコンサートにも足を運ぶ。

最愛の奥さんが亡くなったのは2008年。
その後の「ひとり居」の生活にも慣れ、70歳も超えた。
哀しさ、淋しさは変わらないが、慣れたという。

最近、知人からの手紙で、哲学者・民藝運動家の柳宗悦にこんな言葉があるのを知った。
「悲しみのみが悲しみを慰めてくれる。淋しさのみが淋しさを癒してくれる」(「妹の死」)。悲しみ、淋しさと共にありたい。
(「まえがき」より)

文中に出てくる本で、またまた気になる「宿題本」が何冊か増えた。
そして、やっぱり、どこかに出かけたくなる。



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by hey_leroy | 2016-02-28 20:10 | books | Comments(0)
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