2017年 04月 13日 ( 2 )

バッグを買ったよ



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都内の桜はあらかた散ってしまったようだけど、カマクラはちょっと遅めで、満開をちょっと過ぎたあたり。段葛の桜が大きくなるころ、自分はもう老人といえる年になってるのだろう。生きてるかどうかも分からん。



このところ通勤でも遊びでも使えそうなバッグを探していて、ショッピングモールやらデパートやらバッグ専門店やらのぞいたけれど、どうもピンとこなくって。今日、カマクラの小町通を歩いていて、ふと思い出した帆布のお店。そこで、見つけた。


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ゴテゴテしてなくて、でもちょっとだけ凝った意匠があって。
ガシガシ使いたおすのだろうけれど、帆布はなにより丈夫だし。
永くお付き合いできますように。


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七里ガ浜からの夕景。



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by hey_leroy | 2017-04-13 20:45 | カマクラとかフジサワであそぶ | Comments(0)

素白先生の随筆集

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『素湯のような話』 岩本素白 (早川茉莉・編 ちくま文庫 2014年) 

よれよれになった表紙。発売当時に買って、読もう読もうと思いながら、なかなか読み進められず、枕元に積んであったり、カバンの中に入れっぱなしであったり。それが、ここ1週間ほどでガゼン調子が出て、一気に読み終えた。ふぅ~。本との関係では、こういうことはよくある。エンジンがかかるまで、文章に寄り添える感じになるまでの時間。自分に合わないかもなぁと思っても、途中で投げ出すことはできない性分なので、時間がかかるものはけっこうある。何冊かを併読することにもなる。結果、投げ出してる状態の本も、あるっちゃぁ、ある。

岩本素白(1883~1961)は、随筆家であり、早大文学部で教鞭も執っていた人。散歩をこよなく好んだ。それも、風光明媚を求めたり、いわゆる名所を歩いたり、ということにはほとんど興味を示さず、地味でひなびた物や風景に楽しさ、美しさを見出しては文を綴った、

「孤杖飄然」「街頭山水」「荒れた寺と寂しい人々」「素湯のような話」「読我書屋」「板橋夜話」「独り行く」「柳の芽」「京の尼」「山里」「石を探した話」「深夜の水」etc...

これらの随筆のタイトルからして、内容の"ひなび"を物語っている。正直、あまりにも地味で途中で読み進むのがつらくなったほどだ。

この本に「お菓子に散歩に骨董屋」なるサブタイトルをつけた出版社、アザトいなぁと思いつつも、こういう惹句でもなきゃなかなか手に取られないかもしれない、とも。 みすず書房から出ている「素白先生の散歩」の方がなんとなく読みやすい気がする。


机辺に倦んで廊下へ出て見る。まだ素足に冷たい縁側に立って、冬枯れのままの狭い庭を眺める。霜に傷んだ万年青(おもと)の葉の下に、やや黒ずんだ紅い実が、凍てて盛上った茶色の土の上にくずおれて居る。三分の花を付けた老梅のもと、四目垣に干した生ま干の白足袋が、寒むそうに顰め面(しかめつら)をして居る。私はそれをぼんやりと眺める。何の見所もない景色ではあるが、不思議に心が惹かれている。じっと眺めてい居ると、其の老梅の白い乏しい花が、早春の空に一脉の清香を漂わして来る。花は白い中に青みを帯びて居る。(「早春」大正15年)

もう10年位たって読み返すと、より心を打つものがあるかもしれない。







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by hey_leroy | 2017-04-13 18:10 | books | Comments(0)