カテゴリ:books( 328 )

ひさびさの料理本

f0160346_06110277.jpg

『レシピとよぶほどのものもない わたしのごちそう365』 

 寿木けい (セブンアンドアイ出版 2017年)


ずいぶん久しぶりに料理の本を買った。

ツイッターで人気のアカウント「今日の140文字ごはん」。
日々の料理を綴った2000以上のツイートから選ばれたレシピ集。

レシピ本だけど、たのしい読み物でもあります。
まず、材料一覧とか、それぞれの分量表記が一切ない。
これが良い。ざっくりしてて、想像力がふくらむ。
ツイッターの文字数制限を逆手に取って大きな魅力になってる。
言葉選びのセンスや文章テクニックが伴っているからこそ。
そして、定番モノから味の想像がつかないオリジナルまで、幅広い料理たち。
素材の斬新な組みあわせもたくさん。

生の春菊とパルミジャーノの蕎麦とか、
しめ鯖と温野菜のサラダとか、
マッシュルームご飯、ねぎご飯、焼き豆腐のせご飯、、、

自分が「こんなもんかな?」と思った分量でつくるので、本来の味とはちがうものが出来上がるのだろうけど、それが前提として書かれているっていうのが楽しいではありませんか!

読んでばっかりで、何も作らなかったりして。
ありえる、ありえる。


[PR]
by hey_leroy | 2017-12-06 20:15 | books | Comments(0)

知らない世界をのぞき見る

f0160346_06131365.jpg



『仕事場訪問』 牧野伊三夫 (港の人 2017年)

美術同人誌「四月と十月」を主宰する画家、著述家etc...の牧野伊三夫さんの新しい本。鎌倉の出版社「港の人」が「四月と十月文庫」の一冊として出版した。

版画刷り師、アートディレクター、炭鉱の記録画家、月光荘画材店創業者、湯町窯陶芸家、その他の画家、アーティストたち。牧野さんが気になる人たちの仕事場やゆかりの場所へ足を運び、その足跡や創作活動を取材する。文章は2002年から2011年にかけて美術同人誌「四月と十月」に連載されたものに加筆修正。

どうかなぁ、面白いかなぁと思いながら読み始めたが、これがグイグイ引き込まれる。作品たちの何がよくて、何がよくないのか。表現するってどういうことなのか。仕事に向ける情熱。みぃんな、人それぞれ。有名にはなりたくないけど黙殺されるのもいやとか。聞き手も美術家なので、ところどころに自分の気持ちが入り込んでくるのがまた面白い。全体的にアツすぎない。でも沸沸と何かがたぎっているのを感じる。

門外漢でも十分たのしめる本。
何であれ、夢中になれる物事があるっていうのは、それだけで手放しに素晴らしい。いくつになっていたって、遅いことはない。
自分の物差しを持って、楽しんだり悩んだりしていけばいい。




[PR]
by hey_leroy | 2017-12-04 15:12 | books | Comments(0)

「ゆるい」こそリアルか

f0160346_02482641.jpg


『鳴るは風鈴 ~木山捷平ユーモア小説選』(講談社文芸文庫 2001年)

大船にある、古本が買える立ち呑み酒場で買った本。
ここは講談社学芸文庫が結構そろっているので、ちょいちょい買ってしまう。

木山捷平(1904~1968)は渋い作家だ。文章が渋いというよりは、立ち位置が渋いというか、あまり陽の目を見ていないというか。そんなところが気に入って、もちろん文章も好みなのだけど、古本屋で見つけるとつい手を伸ばす。

この本、ユーモア小説選とタイトルにはあるが、あからさまな笑いを狙った作品ではなく、なんとなく飄々としていて、あとからふと笑みがおとずれるような、そんな感じ。ユーモア小説という先入観はかえって邪魔になる。

坪内祐三の解説より引用。

(略)はっきり言って、木山捷平にはテーマがない。これは凄いことだ。木山捷平は、別段、文学を構築しようとしていない。逆に言えば、木山捷平にとって、表現行為そのものが文学なのだ。
 木山捷平の文章は、特にこの「ユーモア小説選」と副題のついた作品集『鳴るは風鈴』の文章は、先に名前をあげた作家たち(野口富士男、小沼丹、川崎長太郎、尾崎一雄)のそれに比べて、かなり、ゆるい。だが、愛読者には、文章のその、ゆるさがたまらない。文章はうまいのだが、心に少しも残らない作品が、特に最近、たくさんある。木山捷平の作品は、その逆だ。
(略)本来は純文学作家でありながら(中略)木山捷平は、軽く見られた。文芸誌でまともな追悼特集も組んでもらえなかった。幾種類となく刊行される文学全集のたぐいに、滅多なことでは収録されなかった。
 だが、それから三十数年ののち、彼の、ゆるく風通しの良い文章は、多くの、しかも新しい、読者を獲得し、講談社文芸文庫に収録される作品、この『鳴るは風鈴』で、九冊目となる。これは、この文庫で五本の指に入る人気作家だ。
 つまり彼は、今だに、いや今こそ、リアルな現代作家なのだ。

私小説、になるのだろうか。自身の体験を根っこに、淡々と細やかな描写。
自分は「下駄の腰掛」「川風」「最低」などが良かった。





[PR]
by hey_leroy | 2017-11-29 20:48 | books | Comments(0)

陶然亭

f0160346_21434845.jpg


華国風味』 青木正児 (岩波文庫 1984年)

田辺聖子サンが「夜の一ぱい」で取り上げていた本。
気になって図書館で借りた。

表紙解説文をそのまま載せます。
「中国文学史の研究に巨歩をしるす著者(1887~1964)が、その精深な知識と体験をかたむけてものしたエッセー12篇。中国大陸で多彩な発達をとげた各種粉食の歴史、江南の地でついに賞味するを得た紹興酒の絶品の話、喫茶方の変遷、筍を焼いて食う話など、食いしん坊ぼうと上戸にはこたえられぬ佳篇ぞろい。しかも学問の太い筋がびしっと通っている。」

粉もの、餅やうどんの類の歴史、漬物や抹茶・煎茶の変遷など興味深いと思うけれど、文献や詩の引用が多く、すなわち漢字が多く、しかも本場中国の字画の多い字がバシバシ使われていて、ただでさえ活字が小さくて読むのがキビシイ岩波文庫で・・・。読書のモチベーション上がらず、わりと飛ばし読み。本場の紹興酒と出会う章などは、ついつい読みふけったけれど。ちなみに、この文庫に収められた文章は昭和19~22年の間に書かれたもの。

で、この本の自分的醍醐味は、附録として巻末に加えられた『陶然亭』なる文章なのです。(田辺聖子センセも、これ推しだった。)

京都の高台寺あたりにある一軒の酒亭。そこがいかに酒好きの客のためを思ってサービスしているかを、ことのほか精緻に記している。店の造作、使われる食器や酒器、主人たちの客あしらい、品書き一覧、こだわりの酒や肴の詳細、等々。それにしてもよくこんなに事細かに描写できるなぁ。まるで著者が妄想する理想の酒場のようだ。・・・実在の酒亭か否か。真偽はここでは触れない。
この文章も書かれたのは昭和21~22年。かなりの物資難の時代。内田百閒の「餓鬼道肴疏目録」を思い出させる。

なにより酒場好きにはたまらない文章。この一篇まるごとノートに書き写そうかと、なかば本気で思案中。とくに、酒亭内部のしつらえの描写部分など、微に入り細に入りで、ホントに好きなのね~と、こちらがニマニマしてしまう。全編を読まないとなかなか伝わりづらいと思う。ここでは作品の冒頭部分を少々引用します。

読者諸君の中には、あの家を御存じの方も少なくなかろう。いや、私などよりもずっと馴染みの深い、御贔屓の顧客もおありのことと思う。物価の安いあの頃でも、あの家くらい下値で気持よく飲ませてくれる家は多くなかったであろうと思われる。あの家の亭主は志那浪人上りで、多少文字もあり、趣味を解し、好事で凝り性で、呑気で鷹揚で、寡慾恬淡で、何よりも好いことは酒の味が分り、酒人の気持を呑込んで、少しでも客に酒を旨く飲ませようと力むる親切気のあった事である。

亭主と著者自身をずいぶん重ね合わせているように思えて微笑ましい。
そして、おそらく昭和中頃まで残っていた、店を「家」と呼ぶ習慣が好きだ。






[PR]
by hey_leroy | 2017-11-14 13:21 | books | Comments(0)

おせいさんbot

f0160346_21434187.jpg


『おせい&カモカの昭和愛惜』 田辺聖子 (文春新書 2006年)


図書館で目について借りてみた。
丁度おせいさんの「夜の一ぱい」を読んだ後だったので。

田辺聖子bot という感じ。
多くの著作から本人が抜粋した箴言集。

戦争、阪神淡路大震災、家族、夫婦、お酒、幸福、老い、人生。。。


 突如、老母は聞く。
<それで、わたしはいま、なんぼになったんやろ?>
 私が九十三だというと、老母は愕然とする。
 目は頓狂に丸くみひらかれ、口はO形に開いたまま、鼻の下は長く引っぱられて、鼻孔も伸び、茫漠たる過ぎし時間の累積、あるいは残骸に、ただ驚倒する、という風情である。
 そして老母はきわめて哲学的な質問を、私を主に、夫や、アシスタント嬢に向かって発する。そこには純粋な疑問と驚嘆がある。
<わたし、そんなトシになるまで、何してたんやろう?>
 人が死ぬときに(何してたんだろう、九十いくつまで)と思うのは、かなりの(いい人生じゃないか?)
 という気が私にはある。何となく生きてきた、と顧み、何してたんだろう、と思うのは凄い。あれもしたかった、これもしたかった、と思うのは少し品下れる気もする。それに、苦労は忘れてしまえば、元々ないのと一緒であろう。(”iめぇ~る”より)


なんでこれをここに引用したんだろ。
他にもいろんな、おもろくて為になる言葉あったんだけど。
おばあちゃんフェチだからかもな。


[PR]
by hey_leroy | 2017-11-09 22:14 | books | Comments(0)

茶粥の記

f0160346_21251310.jpg


『 神楽坂 / 茶粥の記 』  矢田津世子 (講談社文芸文庫 2002年)

 自分の携帯電話のメモ欄に何年も前から控えてあった「茶粥の記」というタイトル。今となっては、どういういきさつでメモったか、まったく覚えていない。誰かの随筆に出てきたのだろうけれど、手がかりもない。先日、大船の本も買える立呑み酒場で見つけたので、買ってみた。当時気になったものは、今読んでも何か得るものがあるはず。たぶん。

 8つの短編小説が収載されている。昭和10年から16年に書かれたもの。矢田津世子は1907年(明治40年)生まれ、1944年(昭和19年)に結核のため37歳で死去。「神楽坂」は第3回芥川賞候補になった。

 淡々とした筆致で、女性の心理を描く。娘から見た母と妾の関係、未亡人となった嫁と姑の分かちがたい絆、亭主に妻子がいてだまされた女の一生。。。今の時代だとスキャンダラスな主題ばかりのように思えるが、矢田の小説は、激しさを抑え、感情の動きを丁寧に繊細に描く。置かれた境遇がどんなものであれ、彼女らは一途で強い。戦前日本の家父長制、徒弟制と、いくぶん大らかに感じる暮らし方。古き良き昭和、と言ってよいかはわからないけど、興味ある時代。


[PR]
by hey_leroy | 2017-10-30 21:26 | books | Comments(0)

夜の一ぱい

f0160346_17485017.jpg


『 夜の一ぱい 』 田辺聖子  編・浦西和彦(中公文庫 2014年)

”おせいさん”こと田辺聖子の、お酒にまつわる随筆アンソロジー。
『「酒」と作家たち』シリーズを編んだ浦西和彦氏による良い仕事。

相方「カモカのおっちゃん」との夜ごとの晩酌。
情があり、邪気がなく、ユーモアがあり、表裏がない。
文壇パーティなどには顔を出さず、神戸や伊丹の赤提灯がお気に入り。
たまには女性グループで豪儀に呑み喰い喋り、演歌を歌う。

上方言葉での会話が、ホントに素敵だ。
心の機微、なんて言葉をふだん使う機会はないけど、そういうものが感じられるのだ。
「春情蛸の足」読み返したくなるなぁ。

佳肴少々とともに、ぬる燗を2本ばかし呑んだような心持ちになる本。
自分も、家でも外でもゆるやかにほどほどに愉しみたいと思うのだけど。
なかなか、どうも。。。という毎度毎度のオチで。



[PR]
by hey_leroy | 2017-10-17 22:11 | books | Comments(0)

「酒」と作家たち

f0160346_10475975.jpg


『 「酒」と作家たち 』 浦西和彦編 (中公文庫 2012年)
『 私と酒 ~「酒」と作家たち2 』 浦西和彦編 (中公文庫 2016年)


「酒縁歳時記」などの著者でもある佐々木久子さんが編集長をつとめた冊子「酒」。冊子自体は昭和25年に創刊し、休刊時期のあと、昭和31年から平成9年までの長きにわたり、佐々木久子が携わった。

この2冊は、冊子「酒」に寄稿された数多くの文士や評論家などによる文章のアンソロジー。もちろん内容も酒、酒、酒・・・である。
1冊目は、夏目漱石と酒との関係を綴った文章に始まり、林芙美子、織田作之助、川端康成ほか文壇のビッグネームと交流があった作家たちによる酒にまつわる回想録。2冊目は、もう少しくだけた、昭和の文人、流行作家たちによる酒についてのエッセイが並ぶ。

酒食に関するエッセイは以前から好物で、アンソロジーものとしても、吉行淳之介が編集した「酒中日記」「また酒中日記」や、人気があった冊子「あまカラ」からの抄録本(全3冊)など、今でも何かにつけ引っ張り出してはページを繰っている。昭和の作家の名前にある程度詳しくなったのは、彼らの文芸作品に触れたわけではなく、こうした小さな酒食についての読み物を通じてであるということは白状しておかねばなるまい。

呑みながら仕事する作家。きっちり仕事を終えてから呑みはじめる作家。
呑むと荒れる作家。春風駘蕩、穏やかに呑む作家。
人を集めてにぎやかに呑む作家。ひとり酒を好む作家。

どれも魅力的。昭和がにじんでる。





[PR]
by hey_leroy | 2017-09-28 23:54 | books | Comments(0)

ホロホロチョウのよる

f0160346_21500064.jpg


『 ホロホロチョウのよる 』 ミロコマチコ (港の人 2011年)


先日、三島の佐野美術館で絵本作家・ミロコマチコ展をみたとき、ミュージアムショップで買った本。
地元鎌倉の出版社・港の人、しかも「四月と十月文庫」から出ていたとは。
知らなんだ、知らなんだ。
牧野伊三夫さんの美術同人「四月と十月」の同人だったとは。

1981年、大阪府枚方市生まれ。
創作のこと。個展のこと。家族のこと。ネコのこと。
自分の生活のこと。いくつかの詩も。

幼少の頃から絵には親しんでいたが、本腰入れたのは23歳。
それまでは、学生のころに人形劇サークルを作ったり、物語への興味はあったという。
幼少時の絵も載っているけど、今のミロコさんと言われても納得できるというか、その頃の感受性や好奇心が、まんま続いているように思えてならない。

スケール大きくって躍動感があって。
クジラやホロホロチョウ、カメ、アフリカゾウ。。。

この本がでたあと、さらに活躍の場を広げつつげているミロコさん。
今年個展に行ったマメイケダさんもだけど、ダイナミックに自分の描きたいものに取り組んでいるアーティストの作品を目にするのがなんとも楽しい。
あ、片岡球子巨匠にも通じてるのかも!


[PR]
by hey_leroy | 2017-08-20 21:49 | books | Comments(0)

夏の夜は百物語

f0160346_09280891.jpg


『百鬼園百物語 ~百閒怪異小品集~』 内田百閒 (平凡社 2013年)


夏の夜。
百筋の灯心に明かりを点した会場に集まってきた者たち。
各々が怪談・奇聞を披露し、ひとつの話が終わると灯りをひとつ消してゆく。
百筋すべての灯心が消されて真っ暗闇に包まれたとき、何かが起こる。
、、、というのが「百物語」。怪談会のハシリ。
江戸末期に粋人の間で流行し、その後も明治期にリバイバルしたそうで。

これにあやかった(?)内田百閒の怪異小品100篇のアンソロジー。
編者は東雅夫氏。
買って数年寝かせてたけど、今夜一気に読む。
小説、随筆、日記などから集められた、バラエティー豊かな内容。
飄々とした随筆も好きだけど、幻想奇譚も大正期の百鬼園先生の持ち味。
読み終わったあと、どうにかなるか?・・・途中寝落ちに3000点。
・・・てか、もっと寝苦しい夜に読むべき。



で、読みました。既読作品も多かったけど、こういう趣向でまとめられていると、さすがに読み応えあり。

夜、連ドラ「ひよっこ」総集編に気をとられてしまい、読み終えたのは夜が明ける頃だった。
直接的な怖さではなく、いつのまにか日常から非日常に引き込まれている。
なにかぞわぞわするような「気配」の描写。その余韻が後をひく。
起承転結があやふやで、読み手の想像力にゆだねられる部分が多い。
あやふやなまま、不穏な気配だけが膨れ上がってゆく。

収録作品以外にもっと怖い作品もあるけれど、「小品集」であるがゆえのボリューム制限に引っかかったかんだろうな。
とはいえ、この100篇を、まるで怪談会に参加しているような流れをつくって編んでくれた東氏に敬意と感謝を。



[PR]
by hey_leroy | 2017-08-04 21:25 | books | Comments(0)