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秋。永井龍男。

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『 一個 / 秋 その他 』  永井龍男 (講談社文芸文庫 1991年)


「地味に、素直に、あたたかく、かつたかぶることなく」
永井龍男が19歳で小説「黒い御飯」を書いた際の心がまえだったという。
1990年に86歳で没するまで、その心がまえは貫かれていたのではないだろうか。

市井の人々や自分の周りのことを、さりげなく、でも深く見つめる。
凛として、ときに頑なであるようでいて、慈しみを心中に抱いている。
人の心の機微や、鎌倉の谷戸の風景などの巧みな描写。
巧みというのは饒舌ということではなく、選ばれた言葉がピシッと決まってる感じ。
端正な文章。今の時代に読むと少し硬く感じる人もあるかもしれない。
でも、自分は好きだなぁ。
つい先日小泉今日子の書評集を読んで、最近の小説にハマりだすかも・・・
とか思ったけど、やっぱり当分は昭和以前の文章に触れることの方が多そうだ。
もちろん絢爛豪華な大作でなく、地味で滋味のある文章を読みたい。

この文庫には、短編小説と随筆が数編ずつ収められている。
永井龍男は、明治37年東京・神田生まれ。
昭和10年から亡くなる平成2年まではずっと鎌倉に暮らした。
下町での少年期を振り返った文章も、鎌倉での日々をつづった文章も好きだ。

巻末に収められている「秋」という随筆が今の季節に読むのに良い。
十月のある晩。鎌倉の奥にある瑞泉寺にひとり月見に行く場面。
寺の庫裏の縁に座り、土瓶から酒を注ぎ、住職夫妻の馳走に箸をつけつつ、心字池の池面に十三夜の月が映るのを待つ。

瑞泉寺には去年の秋に自分も行った。
昼間でも静寂に包まれていた谷戸奥の尾根にある寺の、夜のさらなる静けさ、暗さを思うと少し怖気づいてしまう。


来年の秋は、永井龍男も立会人として毎年出席していたという、鎌倉宮でおこなわれる薪能を見に行きたいと思う。



by hey_leroy | 2016-10-13 23:48 | books

たゆむあした、ゆるむゆうべ。カマクラ発、ユルマッタリな日々。読み返されない備忘録。


by hey_leroy