ここんとこ読んでた本


インフルエンザで外出できなかった数日間。
熱はすぐに下がって、時間を持て余しまくってたので、読みかけだったり、いつか読もうと積んどいた本にガッツリと取り組むことができた。

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『あの頃 単行本未収録エッセイ集』 武田百合子 (中央公論新社 2017年)

没後25年にして、500頁以上の単行本未収録の随筆が読めるとは。
ゆっくり味わいながら読みすすめようと思っていながらゆっくりしすぎて、買ってから1年近くたってしまった。

夫、武田泰淳との思い出。富士の麓の山荘での暮らし。
交遊録。日日雑記。映画。本。子供の頃や戦中戦後。

物事をとらえる「眼」のすごさ。観察眼。凝視力。
風景も、人間も、思い出も。なにからも目を背けず、目に入るすべてを取り込んでしまうような。
短い文章も長めのも、随所で瑞々しく輝いている。
しあわせな読書時間。


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『最高殊勲婦人』 源氏鶏太 (ちくま文庫 2016年)

1958年から1959にかけて週刊明星(!)に連載された小説。
ここ数年、源氏鶏太や獅子文六など昭和30年代の娯楽小説が再びアツい。
ずいぶん文庫で復刊されている。
図書館の書庫の隅の方でもう何年も借りられていないであろう、ボロボロの「三等重役」や「大番」などをむさぼるように読んでいた身としては、うれしいような、ちょっと淋しいような。
で、「最高殊勲婦人」。昭和30年代の家族や仕事のありようをユーモラスに、時にホロリとさせつつ描いたもの。なんというか、荒唐無稽なところもないではないけど、楽しく読める。経済は右肩上がりに成長し、仕事観、倫理観などが大きく変わってきている時代。その空気をたくみに切り取って人気を博した。若尾文子主演で映画にも。
「どういうことですの?」「きっとよ」「おっしゃいよ、気になるわ」
・・・今では聞かれなくなった言い回し。話し言葉っていうのも、生きものなんだなぁとつくづく思う。

解説文に愛が感じられないのが残念だけど、小説自体には何の関係もないこと。


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『石の心を ~山崎方代という歌人~』 高村壽一 (邑書林 2000年)

後半生を鎌倉手広で暮らした歌人・山崎方代についての評伝や思い出を、晩年に親交があった筆者が綴る。
大正3年、山梨の右左口(うばぐち)生まれ。戦争で眼を負傷。ほとんど定職に就かず(就けず?)歌をつくる日々。
朴訥で野性味があり、酒を愛し、家族は持たず。
鎌倉での暮らしぶりが細やかに記されているのが興味深い。
よく通ってたお店。
地元手広では、梅乃寿司、とりつね、ちんや食堂、コップ酒の守田屋。鎌倉では、小町通の野菊(小料理)、相模屋(コップ酒)、おふくろや(コップ酒)、二楽荘(中華)、踏切近くの田楽など。若宮大路に出ると、あらめ屋、さくらや、三河屋(コップ酒)、そして八幡宮前の鎌倉飯店(ここの店主宅の敷地内に方代さんは小屋を建ててもらって住んだ)。ほかに名が挙がるのは、銀倉、鶴八、つぼ八、古都、いさむ、大番、もんじゅうる、スピードクイーン、寿司駒、ときわ寿司など。
半数弱ぐらいはまだあるかな。
すいません。自分のための備忘メモとして。


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『百鬼園残夢 内田百閒の揺籃と恋』 伊藤隆史・坂本弘子
(朝日新聞社 1985年)

作家・内田百閒(1889~1971)に関する本は意外とたくさん出ているけど、この本は故郷・岡山での生活に関する逸話が中心に据えられているのが興味深い。造り酒屋の一人息子として可愛がられ甘やかされてわがままいっぱいに育った「ホンソウ子」(岡山の方言だとか)。しかし、少年時代に店は没落。東京帝大に入るため上京してからは、80歳を超えて没するまで郷里の土を踏むことはほとんど無かった。戦災などで変わってしまった街の姿を見ることができなかったのだという。そのほか、岡山での恋のエピソードも貴重。



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『好きな歌・嫌いな歌』 團伊玖磨 (読売新聞社 1977年)

作曲家であり「パイプのけむり」などのエッセイでも知られる團伊玖磨。
週刊読売に連載していた文章の単行本化。これも買ってから読むのに時間がかかったなぁ。なんとなく文章との呼吸が合わなかった。興味深い部分もけっこうあったのだけど。

前書きで、「この本で、僕は、誰でも知っている歌を素材に、人の心の綾とその不思議さを思っていきたい。題して「好きな歌・嫌いな歌」但しこれは、平均的日本人の知っている、共通財産である歌という意味である。だから、外国の歌でも、日本人の心の中に根を下ろし、生きている歌は取り扱うし、童謡も、流行歌も、我々の共通感覚の中に生きているものは何でも登場してくる筈である。但し、この本には、軍歌と寮歌は殆んど出て来ない。何故なら、その殆んどは、好きとか嫌いとか言う以前に、歌として考えられぬ程粗野なものが多いからである。(つづく)」とあるが、この本が書かれてから40年たった今、「平均的日本人の知っている、共通財産である歌」というものが果たしてどれだけあるものか。嗜好の多様化か、世代の分断か、なんだかわからないけれども。

文部省唱歌など、お役所がからむとロクなことにならない、というのはその通りだと思った。文語体から口語体への書き換え(改ざん?笑)とか。元々あった詩情とかはズタボロにされるわけで。
そのほか、作曲家の視点から、歌詞だけではなく曲の構成やメロディーの分析などからのアプローチもある。「青い眼をしたお人形」が子供ごころにとにかく嫌いだったという話とか。今でもイヤだという。わかるような気がする。ちなみに自分が初めて聞いてから今までずっと嫌悪してる曲は、前にも書いたかもしれないけど、ドアーズの「ハートに火をつけて(Light My Fire)」です。好きな人多いだろうな。スイマセン。こればっかりは生理的にダメ。コード進行も、展開も、メロディも。・・・歌詞は知らない。


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『めご太郎 ~帰省するつもりで訪れる青森市』 (星羊社 2017年)

横浜で「はま太郎」という地元に根差した雑誌をつくっている夫婦ふたり出版社による「観光より、一歩先の旅をしたい人にお届けする一冊」、めご太郎。
いわゆる観光ガイド本とは一線を画した、青森という町への愛に満ちた読みもの。
奥さんの地元が青森、ということもあるけど、他の地域のも作ってもらえたら面白いだろうなぁ。

普段から、関東近郊は「思い立ったが吉日」的ぶらり旅をしてるけど、なかなか青森は遠い。遠いけど行きたい。自分の足で歩いてみたい。中学生の時に行ったことあるけど、記憶ほとんどない。

あぁ、そういや、秋田も山形も行きたいんだった。
友だちが暮らす、沖縄も宮古島も福岡も行きたいんだった。
四国も一度は旅したい。
ふわぁぁ。


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by hey_leroy | 2018-03-08 09:00 | books | Comments(0)
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